環境としての星

はじめに

 星は、人びとの暮らしにものすごく近かった。

 夜間に時刻を知りたいとき、星を見た。船を進める方角を判断しなければならないとき、星を見た。星は、山や海と同様、日常的な景観であり、生活及び生業と密着した自然環境のひとつであった。

(1)星と他の自然環境との相違点と連続性

 星と他の自然環境の相違点は次の2点である。

@人の力による変質を受けない点

 山や海、植物、動物等の他の自然環境と異なって、直接、星に対して接することも、力を及ぼすこともできない。

 人の力によって星自体が変質を受ける部分はないのである。例えば、北斗七星を例にあげると、人の力によって並び方や明るさを変えることはできないのである。人の力が及ばない点では、地震や風と共通である。                    

A地球上のいかなる地点においても存在する点

 星は、地球上のいかなる地点においても存在する自然環境である。もちろん、緯度によって見えない星があるが、星という環境自体が存在しない地域はない。これは他の自然環境の場合、例えば海が存在しない地域があるのと大きく異なる。

 そして、天の川、スバル(プレアデス星団)、三つ星(オリオン座三つ星)をはじめとする星自体の景観は、地球上いかなる地点でも同じである 例えば、ギリシアから見ても日本から見ても、プレアデス星団、三つ星の景観は同じなのである その点、例えば山や川、植物、動物等が地域によって大きく変化するのと異なる。

 このように、星は他の自然環境と大きな相違点がある一方で、心意のなかでの他の自然環境との連続性があった。

 人びとは、星だけを見るのではなく、地域の森や山と星とあわさってつくる景観によって暮らしのなかの様々な判断を行なった。例えば、あの森の上に星が見えるから何時というように森と星とあわさった景観によって夜間の時間を知ったのだった。

 即ち、星空も地域と切り離された別のものではなく、森や山とともに地域の景観を構成する要素であった。 

 心意のなかでの星と他の自然環境との連続性は、イカ釣り、気象予知においても見いだすことができる。

@イカ釣り

 星が海から姿を現すときイカも海から姿を現しイカが釣れるという伝承が、北は北海道から西は対馬まで広範囲に伝えられている 。このような伝承に星と海との心意のなかでの連続性を見いだすことができる。

【事例】北海道磯谷郡蘭越町(話者 明治40年生まれ)のケース

  星だけでなく、潮の変化を合わせて観察して両方が合致したときに釣れると伝えられていたケースである。

「どの星のときにでも、イカがつくとは限らない。潮と星の出が合致するとつく、と、わしらは、丹念している。サンコウの出にきのうついたからといって、今日つくとは限らねえ。潮と合わなければだめだ」

(2)気象予知

 星による気象予知に、気象と星が同じ空で繰り広げられる現象であるという心意のなかでの連続性を見いだすことができる。

@スマル(プレアデス星団)による気象予知 

 毎日注意深く西に低くなっていくプレアデス星団を観察し、星空から海のなかに沈むときを捉え、気象の判断をするという伝承が大阪から屋久島まで広範囲に分布している。この伝承に、気象と星が同じ空で繰り広げられる現象であるという心意のなかでの連続性を見いだすことができる。

【事例】鹿児島県熊毛郡屋久町栗生(話者 明治41年生まれ)のケース

 スマル(プレアデス星団)が夜明けに沈む一一月下旬頃、風速三〇メートルくらいの突風が吹く時季をスマルのイイゲシと呼んだケースである。

「スマルはちょうどな、一一月の下旬頃な、沈むんですよ。海の中に入ってな。そういうときには、ちょうど一一月の下旬頃にな、ニシカゼ、アラカゼが吹くんですよ。明け方に沈むのがいちばんアラカゼ吹くんです」

A雲と星による気象予知

 星ぼしをバックに流れる雲を観察して、風の予測を行なったことに、雲と星が同じ空で繰り広げられる景観であるという心意のなかでの連続性を見いだすことができる。

【事例】広島県豊田郡瀬戸田町福田(話者 大正3年生まれ)のケース

 星ぼしをバックに流れる雲の流れの速度によって、風の予測をしたケースである。

「雲が流れでるわね。雲が出てからその星がここにある。そこへもって、ここに星があるのに、雲がこの上を下を通るわね。この星との流れが速いとか遅いとかで、風が吹くぞ、というような。今日は東風が吹いとるんじゃが、いうたら、星風やのうと……」

(3)自然環境としての星の設定・存在の状況・伝承形成

 「星」は、環境構成基本要素の天象のなかに位置づけられる。

 この星という要素のなかには、織女、牽牛、スバル(プレアデス星団)、三つ星(オリオン座三つ星)、北極星、北斗七星、明けの明星、宵の明星、流れ星等の小項目が含まれ、様々な伝承資料が存在する。そして、これらの小項目があわさって、それぞれの時間・場所によって異なる固有の星空を形成する。

 これらの小項目のなかでも、織女、牽牛、スバル、三つ星、北極星、北斗七星等の恒星に属するものの位置は、正確に計算できるが故に、小項目の集合「星空の様子」を反映した伝承資料をもとに時代を特定できる 

 また、海と陸の接点の海岸のように、海と空との接点・水平線がある。そして、夜になると、海と星空との接点が水平線となる。このような海等の他の自然環境との接点にさしかかるとき即ち星の出・星の入りが特に人と星とのかかわりのなかで注目され、心意のなかでの連続性の形成に結びついて面がある。星の出から入りまでは、その星が星空という環境のなかに存在する時間であり、星の入りから出までが海あるいは山のような他の自然環境の方に沈んでしまっている時間なのである。

 これらの小項目の星空という環境のなかでの存在の状況は変化する。例えば、プレアデス星団、三つ星自体の景観は同じでも、存在の状況は季節によって、さらには緯度によって変化するのである。

 日本の場合、常に見えている北極星及び周極星が最も存在時間が長い。短いのは、南の地平線・水平線の上、ぎりぎりに姿を現す星、例えばカノープスである。星と人とのかかわりの大きさは、存在時間の長さと必ずしも比例しない。存在時間の短いカノープスにも多様なかかわりがある。そして、伝承のなかには、それぞれの星の存在時間の差によって形成されたものがある。

織女と牽牛の存在時間の差

 織女は牽牛よりも存在時間が長い。織女は、牽牛よりも約三時間早く姿を現すが、牽牛が西の空低くなっていくとき、まだ沈んでいないのである。そして、日の出前の西の空を織女と牽牛がいっしょに低くなっていくのが七夕の頃であることが、二つの星がひとつになって会うという伝承の形成に結びついた 

(4)星と人との交流

 星と星を結んで、漁具等を描いた。生活のなかで用いた道具を、日常的な景観である星空に描いたことに、心意のなかでの日常的な人と星との交流を見いだすことができる。

 また、星のことを「大きい人」というように擬人化した。

 流星には、次のような様々な呼び名が伝えられている。

  ・フシヌヤドウチイ(星ぬ宿移い)…星が引っ越しをするのが流星と考えて、「星ぬ       宿移い」と名付けたケースである。(沖縄県渡名喜島等)

  ・ユーライブシ(遊来星)…星が遊びに来るのが流星と考えて、「遊来星」と名付け       たケースである。(沖縄県石垣島等)

 このように、星空は、人びとの暮らしにものすごく近く、心意のなかで日常的に人と交流があったのである。

 また、カノープスは、伝承地の南の水平線の景観のなかでのみ存在する。従って、カノープスはそれぞれの地域の景観の一部としての交流があり、南に相当する地名やその地域の産物が反映された名前が生まれた。

 さらには、他の多くの星のように水平線から高くのぼることは決してなく、南の水平線の景観のなかで限られた時間しか存在しないという動きの性格が反映された横着星という名前が形成された。星も人のように横着であると捉えて横着星と名付けたことに、日常的な人との交流を見いだすことができる。

(5) おわりに・自然環境としての変質

 かつて、星と他の自然環境に相違点がある一方で連続性があり、日常的な星と人との交流がくりひろげられていた。今日、このような星とのかかわりが稀薄になり、人の力によって、星自体が変質を受けることはないものの、近代化に伴う大気汚染・光害という人的要因により自然環境としての星が変質し、都市部では天の川が見えなくなった。

 時刻は、「森と星があわさって創る景観」によってではなく、さらには時計の針によってでもなく、デジタルで表示されるようになった。

 この50年ほどの間に、ひとりひとりの生活環境としての星の変化にとどまるのではなく、人間の判断の形態をもが変化してしまうというまさに重大なことが起こったのである。

 かつて、星と他の自然環境とで構成された景観をもとに判断する力、さらには伝承を形成し表現する力を失うことは、人間のたいせつな力をひとつ失うことでもあったことを忘れてはならないと思う。

(本ホームページは、『日本民俗学』弟230号(2002年)に掲載していただきました拙稿『自然環境としての星』の一部をもとに書き直したものです)

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